ユーザーインターフェースの重要性 ~価値創造の拡大~

ユーザーインターフェースの重要性

 

こんばんは、Passoです。

 

ユーザーインターフェースの重要性とおもむろに書き出しましたが、ユーザーインターフェースの意味はご存知でしょうか。

インターフェースとは英語で界面、接点などの意味があり、ユーザーインターフェースとは人間と人間の扱う、特に機械との間で接点となり、情報のやり取りを可能とするものです。イメージしやすいものでいうとパソコンのキーボードですね。

キーボードを使って、文字の情報をパソコンとやり取りするわけです。また、キーボードはパソコンに向かって情報を送るものなので、パソコンから情報をもらうためにディスプレイも必要ですね。

以上に挙げたのは物理的な機械(キーボード、ディスプレイ)ですが、これらがちゃんと動くように、プログラミング、つまり論理的な設計がされており、これらのソフトもユーザーインターフェースといえます。キーボードを打つとディスプレイに文字が表示される、マウスを動かすとポインタが動く、こういったことを当たり前のようにやっていますが、その動作を機械への命令に変換してくれているのです。

パソコンは機械語とよばれる言語しか理解できません。普通に人の使う言葉で命令してもわからないのです。しかもその機械語は数字の0と1のみで構成されており、逆に人間もそれを理解することは困難です。(一部の専門的な人は理解可能ですが)パソコンを使うときには人知れず、この通訳をしてくれているソフトがあります。フォルダをクリックしたら、フォルダが開く。このような、近年当たり前の行為を、ユーザーインターフェースが直感的に誰でもできるようにしてくれているのです。

ユーザーインターフェースの意味はここまでで把握できたかと思いますが、このユーザーインターフェースを広い意味でとらえると

”人と人の扱う対象をつなぐもの”

 

といえると思います。最近は、この”人と人の扱う対象をつなぐもの”が、特にプログラミング分野でいろいろ増えてきたように思います。

例えば、ホームページ作成Webページなどです。今までは、ホームページを作成するプログラミング言語を理解した専門的な人しかできなかったことが、直観的な操作でホームページを簡単に作成できるようになっています。これはこのWebページのプログラムがユーザーインターフェースの役割を担ってくれていることになります。ちなみに私のホームページもこれを使って作成しています。

また、先日ブログで紹介したScratch(スクラッチ)もそうです。

通常みなさんが、プログラミングと聞いて思い浮かべる行為は、英数字の羅列を打ち込む作業だと思いますが、具体的にはプログラミング言語と呼ばれる言語(先ほどの機械語より人間が理解しやすい言語)を用いて設計図を書くことをそう言います。これではプログラミング言語を理解している人でないとプログラミングできないということになりますが、近年、Scratchなどの登場で、プログラミング言語がわからなくても、達成したい目的のためのプログラムを組むことができます。

これは今まで専門的知識が弊害となり、価値を生み出すツール(ここではプログラミングを行うソフト)を使えなかった人、つまり、そのツールのユーザーになり得なかった人に可能性をもたらします。

ユーザーインターフェースの重要性 はこの”誰もが価値を生み出すために、平等に機会を与えられる”という意味が一番大きいと思います。

 

ユーザーインタフェースがあり、良いアイディアさえあれば、誰でも素晴らしい価値を生むことができる可能性が広がるからです。

たとえば、世界にとって必ず役立つと確信しているアプリのアイディアがあったとして、それを作る専門的知識が無ければ、折角のアイディアも宝の持ち腐れです。ここにユーザーインターフェースがあれば、その価値を実際に生み出すことができ、社会が発展していくのです。つまり、本質的な価値を生み出す行為に対して、専門知識という弊害が無くなるわけです。

また、誰しもが実行可能なシステムを作るというのは、社会的にあらゆる面で役立ち、人間が共存していく中で、非常に有効だと思います。たとえば、特定の人しかできない仕事があったとして、その人が会社を休んでしまった場合など、全くその仕事は先に進まないわけですが、マニュアルを作っておくなど、誰でもできるようにしておけば、このようなリスクを回避できるわけです。

 

これまで、ユーザーインターフェースが社会の発展の意味で重要だということを述べてきたわけですが、それは様々な分野で言える事であり、特に私は教育に関して、それが重要だと考えます。

先に紹介したScratch(スクラッチ)などは、”ある目的を果たすためのプログラムを誰でも組めるようになる”という価値もありますが、その本質は”論理的な設計図を作る考え方を学ぶ”というところにあります。本質的なプログラミング思考を学ぶという意味では、プログラミング言語を勉強したり、覚えたりする必要は全くなく、むしろそれが抵抗となってしまう危険性もあります。

つまり、教育において”根本的な考え方を学ぶ”ことにこそさまざまなユーザーインタフェース、いいえ、ラーナー(学ぶ人)インタフェースが必要だと思うのです。以上の例は、プログラミング教育に関することですが、教育でこのような動きが広がれば、社会がもっと良くなっていくと思います。

たとえば、物理などの分野でも、公式を覚えることに抵抗を感じさせることなく、考え方を教えることで、自然と公式も覚えられるような学びやすくなるインターフェースが必要だと思います。そうなれば、学んだ知識を応用することも容易にできるようになると思います。

そして、ツールとしてのインターフェースだけでなく、教育者が学ぶ人たちを学術とつなぐインターフェースならぬインターフェーサーになる必要があると思います。

将来、様々な価値を生むであろう学ぶ人達、子供達をラーナーインターフェーサーとして本質的な学びをサポートすることが大事だと思います。

とりわけ私は、ESI(Enjoying Study Interfacer:学びを楽しむこととの接点)になることを目指したいと思います。

 

今日は、今取り組んでいるボランティアの体験教材を考えていた中で、ふと思い付き、考えたことを書いてみました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。では、また。

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